北野天満宮 献茶祭

毎年12月1日に行われる献茶祭。

今年は、私の通うお茶のお稽古の社中である長生会の6年に一回に当たる年で、私も参加する事が出来ました。
2015年の8月から2016年の8月までの短い期間に、まずは1年間と考えてお稽古始めて、9.10月にパリでしたので、お稽古はお休みしていたのですが、再度、日本帰国、11月〜また2月までのお稽古をと、1年と数ヶ月。。。一周が過ぎた頃に、6年に一度に巡ってくるチャンスにも、今年は恵まれ、お茶を始めたいという気持ちが動いた事で、これまでには知る事もなかった世界が広がり、大きく私にとっての学びの扉が開かれた様な気持ちにもなりました。お茶の世界は総合芸術でもありますが、また、日本の歴史を辿る旅でもあるかと、思います。歴史から生まれた茶道であるからです。その当時の生活、文化、現在とは全く違う趣を感じます。日本史は苦手でしたが、この頃、好きになりました。実際に、歴史上の人物が所有していたお道具の拝見から、生々しい遺産としてのお道具に宿る、生命さえ感じるのです。一つの茶杓から、当時の季節の愛で方、材料えらびにしても、新年の準備をするつどに、古い蚕棚を新しい棚に新調する際、使用後の古い棚を捨てるのではなく、蚕棚に使用された木材から生まれた茶杓。豊臣秀吉の側室、淀殿の茶杓。とても女性らしいまさに蚕の糸の様に繊細でしなやかな美しさが400年経っても、なお、輝いていました。

または、当時の人々の交通に貢献した橋の取り壊された後の橋桁をくり抜いて生まれた、水差し。橋桁がお茶道具になってしまうなんて、驚きですけど。その当時、その川が美しかったのでしょうね。その川に生息していた水草に貝の蒔絵、川と共に生きる生物の美しい景色が彩られていました。お道具が語る当時の美学。

実は、また、もう一つ、この頃、習いたいのは書です。お茶のお稽古をして気がついたのが、書がまず、読めない。。。これでは、ちょっと悲しいです。

お茶室で最も、価値があるのは、お軸だと言われています。戦乱の混乱の最中に火災したお茶室から、お軸を守るために、武士が身体を刀で裂き、その肉の中へと、お軸をしまい込むのです。生命と引き換えに。そして、焼失後に黒焦げの武士の肉体から、お軸がまた取り出され残されているものも、あります。ちなみに、お茶を頂いている最中にも、お茶杓を落としてしまうなら、その場で切腹と、厳しい世界であったそうです。凄まじい時代を経て、お茶の世界は、今や、女性の私達も美しい着物に身を包み、美味しいお菓子を頂き、楽しめるものとなりました。


さて、そんな事を考えながら、日本には、沢山のお茶の世界を継承される方々がいらっしゃり、本当に素晴らしい、美しい国だと、思います。

日本各地から1000名もの、お茶を愛する方々が集いました。

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お天気予報は降水率80%でしたが、紅葉を照らす光に包まれた好き一日でした。



普段のお稽古では、味わえない、沢山の方々と触れ合う時間。永い歳月を生きてきた、歴史を語るお道具の品々。


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幽玄なひと時を頂戴致しました🍡🍵🍁


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by yuklily | 2016-12-05 15:00 | Comments(0)